2022年8月14日(日)、山口新聞の「地域文化」欄に、第52回記事「旧武徳殿(山口県警察体育館)」が掲載されました。
入院でしばらく休載していましたが、ようやくの再開です。
今回は、「旧武徳殿(山口県警察体育館)」。
戦前、全国各地に建てられていた武徳殿は、今や十数棟に。
国重文の旧武徳殿(京都市、明治32年)や、登録文化財の日光東照宮武徳殿(栃木県、昭和6年)などが有名ですが、実はここ山口市内にも誇るべき武徳殿が残っているのです。
以下、「山口近代建築研究会HP」へ。(画像がクリアに大きく見えます。)
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伝統ある武道の教育、振興を図る目的で「大日本武徳会」が設立されたのは、明治28(1895)年。
以後演武場としての武徳殿が、全国各地に建てられて行ったが、現存するものは十数棟程度だ。
国重文の旧武徳殿(京都市、明治32年)や、登録文化財の日光東照宮武徳殿(栃木県、昭和6年)などが有名だが、実はここ山口市内にも誇るべき武徳殿が残っている。
県庁の東、国道9号線沿いに建ち、寺院のような外観と大屋根がひときわ目を引く。
この建物も昭和3年の昭和御大典を記念する事業とされるが、竣工は昭和5年(1930年)だ。
戦後は、この会の解散に伴って県に譲渡され、現在は山口県警察体育館として使用されている。
内部は、演武場と観覧席が一体化された空間構成をなす。
上部は吹き抜け、周囲は漆喰壁とガラス窓で、明るく伸びやかな空間が広がる。
一方、上下層とも四隅は木摺壁とするなど、耐震性も意識されていたようだ。
平面は、丸柱に囲まれた中央部分が演武場、その周囲にぐるりと観覧場が囲み、北側には観閲壇が据えられる。
四方に入口があり、うち北側は観閲者用で、屋外には軒唐破風の大きな庇が架かる。
また、格天井や壁から下がる照明器具は、いずれも水滴のような形で統一され、工芸品のように繊細で美しい。
建築工事台帳によれば、設計は県の矢野嘉一郎土木技手(福岡県浮羽郡立浮羽工業徒弟学校大工科卒)、施工は地元の熊毛屋甚三とされる。
ただ、地方で建設される大規模な近代木造建築であり、大日本武徳会本部からの技術指導や助言もあったのではないだろうか。
伝統的な形式の上に近代の意匠や技術を活かした格調高い近代和風建築。
当県の武術の振興に大きく貢献した近代の武道施設であり、県都山口の重要な歴史的景観を今なお保っている大変貴重な建物だと言えよう。
(山口近代建築研究会、一級建築士・原田正彦)
【メモ】山口市後河原、参考「山口県の近代和風建築~旧武徳殿」日向進、平成23年