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やまぐち近代建築ノート連載 第20回「旧秋田商会ビル」~大正期の新様式と職住近接~

秋田商会

2021年2月7日(日)、山口新聞に第20回記事が掲載されました。
大正時代の2棟目。
大正4年に建設された「旧秋田商会ビル」は、セセッション様式の造型、RCの構造、階層分離の緻密な平面計画、いずれも素晴らしい。
今は市指定ですが、正に重要文化財級の建物と言っておかしくない。

以下、「山口近代建築研究会HP」へ。(全文掲載、画像もクリアに大きく見えます。)
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大正4(1915)年、下関唐戸の地に斬新なスタイルの「秋田商会ビル」が誕生する。
秋田商会は、秋田寅之助(1875~1953)によって設立され、日清・日露戦争を機に建設用木材などを扱う回漕業で急拡大し、国内だけでなく、中国、台湾などにも事務所を構えた。
この建物は、寅之助が四十歳の時、本店として建設したものだ。

まず目につくのは、角部の円筒形。一階が主玄関、最上階は塔屋で大小のドーム屋根が乗る。
まるで灯台を組み込んだような外観だ。
最上部パラペット壁や付柱上部には、明治後期に欧州から入ってきたセセッションの意匠が賑やかに施される。
一方内部は、一階事務所のみ洋風で、二階住居、三階広間、更に屋上は庭園と座敷と、いずれも和風だ。
接客を重視した階層分離と共に、階段による立体的な動線計画が巧みになされている。

更に驚かされるのは、全国的にも早い時期の鉄筋コンクリート造であること。
日本で最初にこの構造が採用されたのは、三井物産横浜ビル(遠藤於菟+佐野利器、現存)で明治44年。
秋田商会は、そのわずか四年後に建設されているのだ。
しかも、部分的に鉄骨使用の可能性もある。

都会的で洗練された意匠と最新の技術を持つビルにする、という寅之助の構想を形にした設計者は誰か…。
長年謎だったが、近年、関東都督府営繕課技手の西澤忠三郎が浮上。
昨年棟札が発見され、西澤のほか三名の名前が設計監督として確認された。
ただ、彼らの詳細な経歴については不明のままだ。

数多くの近代建築を見てきたが、造型、構造、平面計画、いずれも秀でており、これは、正に重要文化財級の建物。
それだけに、築百年を超え老朽化が進む姿を見るにつけ、一刻も早い詳細調査と保存改修工事を望まずにはおられない。

(山口近代建築研究会、一級建築士・原田正彦)

〈メモ〉下関市南部町23-11、市指定有形文化財、設計監督 西澤忠三郎、後藤柳作、山﨑幸輔、新富直吉、施工 駒井組、〈参考〉日本遺産“関門ノスタルジック海峡”構成文化財WEB

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