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やまぐち近代建築ノート連載 第13回 「宇部西町公民館(旧三田尻塩務局長府出張所)」~幻の塩田風景に残る旧庁舎~

10月04日(日)、山口新聞に第13回記事が掲載されました。
下関は、近代建築の宝庫。今回取り上げたのも、下関市内の近代建築で、「宇部西町公民館(旧三田尻塩務局長府出張所)」です。
「防長三白」として、米、紙と共に毛利藩の財政を支えた「塩」。
明治以降も、瀬戸内沿岸、下関においては長府から清末にかけての入浜式塩田で製塩業が盛んに営まれました。
しかし、その後外国塩に押されて不振となり、明治38年(1905年)大蔵省は、国内の製塩業保護のため「塩専売法」を施行します。
これに伴い、塩の製造、取締りなどの専売事務を担う「塩務局」を、防府の三田尻など全国二十二か所に設置するのです。
この建物は、その明治38年、三田尻塩務局の「長府出張所」として建てられたものなのです。

以下、原稿の抜粋。(全文は山口新聞をお読み下さい。)
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木造平屋建て、桟瓦葺、寄棟屋根、下見板張りの洋風建築で、北と西の二つの棟がL型に繋がる。
北棟には、玄関を入って事務室、その左横に所長兼応接室、西棟には、事務室から南に出て外廊下(現在は内廊下)となり、それに沿って検査室二室が並んでいた。
設計は、妻木頼黄の率いる大蔵省臨時建築部が行ったが、塩務局の建物を、全国に、しかも短期間に整備するため、「標準設計」方式を採用したと推察する。
一地域一設計では人手も手間もかかり、水準に格差が生ずる。
よって、国であらかじめ設計した標準型の図面を各地に配布し、現地に合わせて修正を加えながら、建設を一気に進めたのだろう。
その証拠に、現存する小松志佐出張所(周防大島町)や、味野収納所山田出張所(岡山県)など、県内外の塩務局建物と、外観、平面、構造、意匠に実に多くの共通点が見られるのだ。
製塩業の衰退と共に、塩務局の建物はほとんど姿を消した。
だが、この建物は、昭和30年代に地元自治会に払い下げられ、今なお大切に使われ続けている。
下関と塩を巡る歴史、更に建築家たちの知恵と努力に思いを馳せると、115歳のこの建物を改めて褒め称えたくなる。

〈メモ〉
<住所>下関市王司本町6丁目2−22<設計>大蔵省臨時建築部<参考>「山口県の近代化遺産~旧塩務局出張所」(福田東亜氏)

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