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やまぐち近代建築ノート連載~第7回水西書院

水西書院
▲水西書院北側外観

本日7月5日、第7回が掲載されました。
今回は、近代建築の中でも和風を基調としたもの、いわゆる近代和風建築の「水西書院」。明治の建物に「洋風」が導入されると、それまでの大工中心の伝統工法は、相対的に「和風」と位置付けられました。明治中頃まで、洋風建築は地方での広がりはみせず、和風建築側が自ら変化を遂げていきます。大まかには、平屋建より総二階建、入母屋屋根より寄棟屋根、小屋組の構造は和小屋より洋小屋、といった具合に。そして次第に、内外装に洋風の意匠を入れたり、ガラス建具に取り換えたりと、和風を基調とした「和洋折衷」へと展開していくのです。

今回、三年前に訪れた近代和風の「賓日館」(三重県伊勢市/明治20年)と比較していますが、内外装とも意匠が少なく、後年付加されたガラス建具が目立つため、和風モダニズムのような印象を受けました。

以下、原稿の抜粋。(全文は山口新聞をぜひ読んで下さい。)

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この水西書院の建設は、明治19(1886)年。
木造の総二階、桟瓦葺の屋根は寄棟造と、近代和風の変化を見て取れる建物だ。「書院」の名の通り、1階は畳縁に15畳の座敷2室、2階は板縁に30畳の大広間と、接客と眺望が重視された造りだ。もともと旧岩国藩主吉川家の仮住居として建てられたが、明治21年横山に吉川邸が竣工した後は、接待所として使われ続けた。皇室関係では有栖川宮や伏見宮、政治家では井上馨や伊藤博文などが訪れたと言う。
こうした木造の近代和風建築は、老朽化を理由に解体されることも多い。だが、近年は国や県の調査も進み、歴史的文化的価値の見直しも進みつつある。この水西書院は、県下でも比較的早い段階で、近代和風建築での登録有形文化財となった。今後もっと多くの人々に、文化交流の場などに活用してほしい建物である。

〈メモ〉
山口県岩国市川西4-2-4/国登録有形文化財/参考「山口近代建築研究第1号」(福田東亜氏「水西書院」2004年)

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